「名義貸し」から生活が一変
羽鳥さん(仮名)は、奥さんと2人の子供と共に賃貸アパートに暮らす30代の男性です。羽鳥さんは、5年ほど前からカードのキャッシングを利用していましたが、手取り25万円程度の給料と奥さんの5万円程度のパート収入で何とかやりくりしてきました。
問題が深刻になったのは半年ほど前です。羽鳥さんは、友人が購入する高級中古車の名義貸しをしてしまったのです。中学時代の1つ年上の友人から、「オレは過去にトラブルがあってローンが組めない。支払いは間違いなくオレがしていくし、勤務先の社長を保証人に付けるから、絶対に迷惑をかけることはない。」、などとしつこく頼まれ、羽鳥さんは、数万円の謝礼を受け取り、自分が買うことにして600万円のローンを組んでしまいました。

約束が違う! 請求が自分に…
ところが、名義貸しから3か月後、羽鳥さんのもとにクレジット会社から、支払いの催促と車の引き上げ要求の電話がかかってきました。あわててその友人に連絡をしてもつながらず、共通の知人に確認してみると、どうやら車を持ったまま行方不明になったようです。また、保証人になっているはずの社長の会社は、すでに倒産していたことがわかりました。
せめて車だけでも…
羽鳥さんは、せめて車だけでも取り戻そうと、警察に相談したり、必死に行方不明の友人の居場所を探したりしましたが、結局見つかりませんでした。
羽鳥さんは、事情がわかればローンを支払わなくても済むだろうと考え、クレジット会社に全てのいきさつを話しました。しかし、「法的に、返済義務は羽鳥さんにあるので支払ってもらいます。」というクレジット会社の返事でした。
羽鳥さんに車のローンを支払う余裕はなく、頭がパニック状態になり、カードのキャッシングでローンの返済をしましたが、間もなく、カードキャッシングの返済もできない状況に陥りました。
複数のカード会社から催促の電話が頻繁にかかってくるようになったので、携帯電話をつながらないようにすると、勤務先にまで請求の電話が入るようになってしまいました。羽鳥さんは、勤務先に居づらくなり、退職を余儀なくされました。
司法書士に相談
羽鳥さんは、事務所に相談に来た時には車のローン分が500万円、カードキャッシングの借入れが300万円、合計800万円の借金を抱え、完全に支払い能力を失っていました。
司法書士は、羽鳥さんに自己破産を勧めました。しかし、羽鳥さんは、「何とか返せるのなら返したい」と頑なに破産を拒みました。司法書士が詳細を確認してみると、羽鳥さんは、名義貸しをした自動車ローンについて、クレジット会社の担当者から、「破産申立てをしても、羽鳥さんの免責を認めさせません。法的な責任をとってもらいます。」と言われていたので、「破産の手続きをすると、免責は認められないし、他にも不利益が出るだろう。」と考えていたようです。
確かに、破産の申立てをしても、債権者から「免責不許可とするべき」などの意見書が裁判所に提出されると、免責不許可になる可能性が出てしまいます。それ以上に羽鳥さんは、「違法なことをしてしまった」という罪悪感から、破産をしたくなかったようです。

個人再生手続きで留意すべき点
その後、羽鳥さんは、通販の配送の仕事を自営として始め、月30万円程度の収入を得られるようになったこともあり、個人再生(小規模個人再生)の申立てを行うことになりました。
羽鳥さんの個人再生手続きで問題となるのが、自動車ローン分の借入れについてです。小規模個人再生は、債務総額の半額を超える債権者が手続きに反対(不同意)すると、手続きは認められません。通常、カード会社やクレジット会社等が、個人再生手続きで不同意を出すことはほとんどありませんから、一般的なケースではほとんど気にすることはありません。しかし、今回は「名義貸し」という特殊事情があり、その金額も高額なため注意が必要です。
今回のケースは、自動車ローンの残金が、全体の債務額の半額を超えていたので、このクレジット会社1社が個人再生手続きに反対しただけで手続きは成立しないことになります(不認可)。羽鳥さんは、自営業者ですので、債権者の同意・不同意が問題とならない「給与所得者等再生」は利用できません。
再生委員から取り下げを示唆される
個人再生の申立後、再生委員の先生から司法書士あてに、「クレジット会社の担当者に確認したところ、『不同意を出す』と言われた。このまま手続きを続けていても無意味だから、取り下げて他の方法を検討したらどうか」との連絡がありました。再生委員の先生は、その借入れが名義貸しであることを知っていたので、あらかじめクレジット会社に確認したようです。
債権者には、ていねいにお詫びと説明を
事実上、羽鳥さんに個人再生以外の選択肢は自己破産しかありません。債権者の立場からみると、破産の場合、免責不許可になったところで債務者から1円も回収できません。しかし、個人再生が認可されれば、一定割合の債権回収が可能となり、破産よりも多少はメリットがあるはずです。司法書士は、羽鳥さんと相談し、総合的に検討した結果、個人再生を取り下げずに手続きを継続することにしました。
再生計画案を提出する際、クレジット会社に、不同意を出した場合に想定される状況を書面により説明し、理解を求めました。
書面には、名義貸しについて深いお詫びと反省の意思を示したうえで、次のような内容を記載しました。
1、個人再生が不認可になると、自己破産に移行せざるを得なくなるが、免責されれば支払いが一切できない。羽鳥さんは、法的な手続きに基づき、可能な範囲で返済したいと考えている。
2、仮に、破産手続きで免責不許可の意見を出された場合、裁量免責(※)を目指していくことになる。
3、万が一、免責が認められない場合でも、車のローンを支払っていく能力はなく、請求を受けたところで払えない。
4、よって、今回提出する、一定割合を返済する内容の再生計画案を、ご理解のうえ協力してほしい、という内容でした。
その結果、クレジット会社から不同意が出ることもなく、再生計画案どおり、毎月約4万5千円程度を3年で返済する内容の再生計画案が認可されました。
※裁量免責 免責不許可事由があっても、裁量で免責を与える裁判所の判断。
なお、司法書士として経験的にいえるのは、免責が不許可になるのは、極めて悪質なケースであるなど限定的であり、仮に、免責不許可事由があっても、これまでの行動を十分に反省し、今後の改善点などをまとめた「反省文」を裁判所に提出するなどして、最低でも「裁量免責」を目指して手続きを行います。
まとめ
羽鳥さんは、人にお願いされると断り切れない穏やかな性格の方で、友人を信用して名義を貸してしまったのです。しかし、名義貸しは、名義人が全額の返済義務を負うだけでなく、法的に極めて悪質な行為であり、場合によっては刑事責任を問われることもあります。羽鳥さんは、今回、最終的に債権者の理解と協力を得られ、個人再生手続きが認可され、他に責任を追及されることもありませんでしたが、特に他人に対する名義貸しは、名義を貸す側に何一つ良いことはないので、絶対にしないようにしましょう。

コメント